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「カルバニア物語」 道徳・反道徳・中庸

最近,TONO先生のカルバニア物語を再読している. じっくりゆっくり進んでいく,この物語がすっごい好きなんだよね.


物語の見どころは,カルバニア王国史上初の女性の王・女王として国を治める主人公タニアと,その親友で これも史上初の女性侯爵として立つことを目指す もうひとりの主人公エキューが,アタマの固い周囲のオヤジたちをひっかきまわして八面六臂の活躍をするところ,といったところか.

7巻で出自をあきらかにされるタニアの気高さ,10巻でついに夢をかなえるエキューの誇り高さ,そのどちらも めっちゃくちゃ感動的だ. 10巻ラストは読むたびに涙腺が熱くなる.

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ただ個人的には,そういう盛り上がりポイントも非常に楽しんでいるんだけど,ひそかに大好きなポイントってのもあるんだよね.

それは登場人物がナチュラルに反倫理的な側面を見せてくれるところ. ヘンに道徳的,倫理的,教条的じゃないところ.

タニアが基本わがままなお嬢様なのは,まあありがちな設定だからいいとして,たとえば主役級と言っていいエキューが割とナチュラルに暴力を振るったり――そもそも「暴力が大好き」と公言しているのだ!――,あまつさえ敵とはいえ何度も人を殺している. タニアに思いを寄せるコンラッド王子も,この人かっこかわいくて大好きなんだけど,はっきりは描かれないが明らかに自分よりもブサイクな男を見て自信を取り戻したり,みたいなことをしてる.

この人の作品だと,他に「砂の下の夢」とか「ラビット・ハンティング」とか「チキタ☆GUGU」なんかも大好きなんだけど (→LIBrary : TONO先生のマンガが好きだ),どっちもぜんぜん道徳的でも倫理的でもない. チキタ☆GUGUなんかは人食い妖怪が主人公で数えきれないほど人を殺してるんだけど,とくに罪を購うとか過ちを償うとか,そーゆー話にはならない.

でも,それが個人的には好きなんだよね. 物語全体を使って道徳だの倫理だのを教え込むとか,逆にことさらに「既成の道徳的観点にチャレンジするのだ!」みたいなカウンター的な気負いもない. みんなある面では倫理的で道徳的で,ある面ではそうでもなく,他人に対しても「気に入る」「気に食わない」などといった道徳的感想を,それぞれに持ったり持たなかったりしてる. それがいいのだ.

こうしてはいけない,こうすべきだ的な道徳観,人間観ってのは,そりゃーある程度は持たなきゃ社会生活なんかやっていけないんだけど,あんまり強く持ちすぎたり,逆に既成のそーいったものに対するアンチな気分を持ちすぎたりすると,生きていくのがやっかいになりそうだよなあ,と思う. TONO先生の作品みたいに,どっちのメッセージも強く出し過ぎずに,そーゆーもんだよねケセラセラ的に世の中渡っていきたいなあ.

立川談志は,落語のテーマとは「人間の業の肯定」なのだと言った. それにひっかけて言えば,TONO先生の作品で私が大好きなのは,人間の業を肯定するでもなく否定するでもなくそのまま描いているところ,と言えるかもしれない. メインでもなければカウンターでもない,作者自身もとくに意識して描いてはいないかもしれない,そういったキャラクターの描き方が好きなのである.

by LIBlog | 2011-06-15 19:19 | マンガ・本
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