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「オレンジイエロー」「水色シネマ」

オレンジイエロー (乙 ひより)

水色シネマ (乙 ひより)

  

ひさしぶりに乙ひよりさんの新刊が出た. ずいぶんと新刊が出ないなー,と思っていたら二冊同時発売である. これはうれしい不意打ちだった. 「オレンジイエロー」は短編数本をおさめた作品集で,「水色シネマ」は一冊完結の中編. いやー,やっぱいいわー乙ひよりさんの作品は. もう大好き.

乙ひよりさんは百合を描く漫画家である. 百合ってのはあれだ,女の子が女の子を好きになるというアレ. 男女の恋愛ではなく女同士の恋愛を描く作品. たぶんこの人,ほとんどそれしか描いていないんじゃないかな. 私の知る限りでは.

普通に考えると,おそらく同性の恋愛というのは異性の恋愛とくらべて,本人たちが乗り越えなければいけない壁が高いだろう,と想像される. そしてまた,その壁の高さ,恋愛成就の困難さというのが,百合作品での物語の盛り上がるポイントのひとつになるんじゃないかな.

ところが,乙ひよりさんの作品の女の子たちは,びっくりするくらいアッサリとその壁を越えていく.

……いや,といっても何のためらいも葛藤もなく困難を乗り越えるわけではないんだけど. でも,深刻に思いつめたり,ドロドロな悩みの底にしずんでいったりはしない. まるでふつうの男女の間であるかのように,ひょっとしたらそれよりも軽がると,女の子同士が好きになり,くっつく. 何年も付き合い続けたり一緒に暮らしたりしていることが描かれることもある.

この「軽い」雰囲気って,乙ひよりさんの描くキャラクターみんなが漂わせているように感じる. みんな,あまり感情的になったり,すぐに泣いたり叫んだりはしない. どちらかというと何を考えているのか あまりよく分からなかったり,あるいはドストレートにまっっすぐ愛情を行動で示したり.

思うに,彼女たちは男前なのだ. そして私は男前な彼女達がすごく好きなのである. すごくかわいくて,でもすごくかっこいい この子たちが.
……って,「男前」って言い方は褒め言葉にならないかもしれないけど,他に適当な言葉が見つからないんだよなあ.

ところで私のお気に入りの子はというと,上のふたつ,つまり普段何を考えているのかよくわからないのだけど,愛情表現がドストレート,という二つを兼ね備えたキャラクターだ. たとえば「クローバー」だと,三女の美鳥のパートナーのボーイッシュな子とか,新刊「オレンジイエロー」の短編「恋の証明」に登場する斉藤さんとか. 好きだなー. でも彼女たちは男である私みたいなのには振り向いてくれないのだけど.

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by LIBlog | 2010-05-30 22:21 | マンガ・本 | Comments(0)

RNA editing

Trends Genet. 26, 221-230 (2010)

レビュー. RNA editing について.

mRNA は,ゲノムから転写されたのちにさまざまなプロセシングを受ける. スプライシング,キャッピング,poly(A)付加などなど. RNA editing も RNAプロセシングの一種だ. 本レビューは RNA editing, とくに真核生物ではもっとも広範にみられる Adenosine-to-Inosine modification (A-to-I 修飾),すなわち転写後に A が I に修飾される editing,に焦点をあてて解説をしている.

Adenosine は,adenosine deaminase acting on RNAs (ADARs) により脱アミノ化されることで Inosine となる. Inosine は mRNA の高次構造形成や翻訳において Guanosine と同じような性質を示す. したがって A-to-I 修飾は A が G に置換されたような変化を mRNA にもたらす. これがコーディング領域の非同義置換 (non-synonymous codon change) であればアミノ酸配列の変化を,そうでなければ,たとえば mRNA の安定性やスプライシングパターンの変化,また miRNA のターゲットの変化などなどを生じることになる.

A-to-I 修飾を受ける遺伝子は数百にものぼるのだが,多くの場合,同じ配列でもコンテクストに依存して editing を受けたり受けなかったりするようだ. これを決定しているのが ADARs とその関連因子だ. A-to-I 修飾は,おもにコーディング領域,イントロン中の繰り返し配列,そして miRNA precursor が受けるのだが,いずれの場合も editing を受ける配列とその周囲は二本鎖を形成していて,そこが ADARs のターゲットになる. ADARs のターゲットとしてもっとも多いのがトランスポゾン由来の配列を含むもので,なかでも霊長類では Alu element が特に多い. Alu を含む転写産物のほとんどが editing を受けうるらしいが,その機能的意義は多岐にわたり,全貌はいまだ不明だ.

ところで ADARs の発現パターンだけ見ても editing を受けるか否かは判断できない.なぜなら ADARs は核移行やコファクターや SUMO化,さらには self-editing などにより活性を制御されているからだ. なおマウスでは Adar1 の KO は造血系の異常により胎生致死となり, Adar2 の KO はてんかん性発作により生後まもなく死亡. つまり神経系だね. というわけで RNA editing は胚発生に必須であることがわかる. Adar2 KO の表現型はほぼすべてグルタミン酸受容体の editing 異常によるものといえるそうだ. また A-to-I 修飾はグルタミン酸受容体のほかにセロトニン受容体やカリウムチャネルなど中枢神経系に発現する mRNA によくみられることが知られており,ここに生じる異常が てんかんや筋萎縮性側策硬化症 (ALS) の原因である可能性も示唆されている.

RNA editing は tRNA や rRNA では非常にさかんに生じていて,それに関連する疾患も複数知られている. しかし mRNA における editing とその意義については,まだあまりよくわかっていない. トランスクリプトーム解析が それほど困難ではなくなってきた現在,こいつも研究対象としてはおもしろいかもしれないね.

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by LIBlog | 2010-05-27 19:08 | さいえんす関連 | Comments(0)

「Landreaall」16巻と「まおゆう」

Landreaall 16巻 (おがき ちか)


ランドリオールの最新刊を読んだ. おもしろい! いままで断片的にしか語られなかった この世界の成り立ちと「革命の真実」が,かなりはっきりした形で明らかにされてきていて,すごくワクワクする. 想像していたものよりもはるかにダイナミックな物語になりそうだ.

ところで,作者のおがきちかさん,いま話題の「まおゆう」について,こんなことをtwitter上でおっしゃっている.


" 魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」"っていうweb小説を読んだら、自分の作品内の未来で描きたいなーって思ってたようなことがすごく面白く描いてあって、もう描かなくていいんじゃねーのこのリンク貼っとけば!という気分になったんですなうw

Togetter - まとめ「おがきちかさんの『魔王勇者』感想」

絶賛しておられるのはよくわかるんだけど,じつのところ私はそこまでランドリオールとまおゆうが類似しているとは思っていなかったので,このつぶやきはちょっと意外だった.
でも,今巻を読んで,その感じがすごくよくわかった.

たとえばこんなセリフが出てくる. 異端児であるDXを王座に就けようと画策する商人の子ライナスが,DXに なぜ自分を王にしたがるのか? と聞かれて答えたセリフだ.


俺は お前が
王に向いてるなんて 思ってねえ

ほとんどの… 素敵な王冠の 台を探してる 奴らからすると
お前が 王になるかも しれないってのは いわば夢物語の 範疇だ

…で
金だ!
そういうのには 生きた金が 動くんだよ
金持ちから 貧乏人まで 大なり小なり 金を動かす 活力が波及する
形のないものが 王城で淀んでる 金を押し流す
俺は金が 好きだが
動く金にしか 興味がねえ
俺は金の 流れに乗っかって 国を金で洗って 儲ける
だからお前が 王になろうと したら面白い

この言葉の意味を,DXは理解できない. たぶん少し前の私も理解できなかった (というかランドリオールのセリフは意味が凝縮されていて難解なものが多い. 私はたぶん半分くらいしか物語を理解してないような気がする).
しかし,「まおゆう」を読んだ後だと,彼の言葉の意味が私にも かなりはっきり分かる.

「まおゆう」には,たとえばこんなセリフが出てくる. 物語冒頭近くだ.


つまり、富をため込むってのは『お金持ち』にはなれても
『豊か』にはなれないんだ。
お金を渡して、使ってもらう。物もお金も流れが
よどみなく太いことが豊かなんだよ

【SS宝庫】みんなの暇つぶし(ノ^^)八(^^ )ノ:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【パート1】

また,物語中盤では こんなセリフも.

わたしが研究しているのは経済を通した
魂持つ者の相互関係および社会形成であって、
そこから独立した金融の資産価値なんて無いも同然だ。

【SS宝庫】みんなの暇つぶし(ノ^^)八(^^ )ノ:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【パート23】

これらのセリフの意味するところは,「まおゆう」の全編をかけて明らかにされる. 「まおゆう」という物語のもっとも重要なテーマのひとつだといえる.

そしてまた,それこそがランドリオールのライナスが語っていた内容そのものだったのだ.

ライナスはまた,こうも言う.


物に価値を 見出すのが 商人だ
関わる人間 全てが得を するのが 本物の商売

これはべつに商人の矜持とか倫理とか,そういった単なるカッコイイことだけに基づいて言っているセリフではない. そうではなく,この心意気によって本当の意味での利益が生まれ,豊かさがつくりだされるのだ. これもまた,「まおゆう」を読まなければ私には腑に落ちなかったと思う.

いやー,いままで面白いとは思いながらも,いまひとつ物語をきちんと理解できないでいたランドリオールだが,「まおゆう」を経由したことで,これからもっと深く楽しめるようになるかもしれないな.

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by LIBlog | 2010-05-25 22:42 | マンガ・本 | Comments(0)

セントラルドグマにおける安定性と多様性

以下のブログ記事を拝見して,ああ!そうだったのか!と納得したことがある:
アルブリの部屋 : 最初の生命は熱水噴出孔から・・・ではない?

アルブリの部屋 : RNAワールド

アルブリの部屋 : 続・RNAワールド


これらの記事と,前後するいくつかの記事は,生命の起源について現在わりと広く受け入れられている学説についての紹介.
軽くまとめると,RNAワールド説 (参照:RNAワールド - Wikipedia) というのがあって,それによると原始生命はRNAが自己複製する系であり,のちに遺伝情報の伝達はDNAに,代謝などはタンパク質 (ポリペプチド) がおもに担うようになった,という.

で,なにが「そうだったのか!」なのかというと,RNAは一様で安定なシステムをDNAに,多様で不安定なシステムをタンパク質にアウトソースしたんじゃないの? ってこと. わざと目的論的な表現にしてるけど.
つまりこうだ.RNAというのはDNAよりも不安定で,であるがゆえにアルカリなんかで切れたりしやすいが,多様な形をとりうるので情報保持以外の機能も持ちうる.
いっぽうRNAはタンパク質 (ポリペプチド) よりも安定で,たとえば熱をかけても可逆的な変性をするにとどまる. しかしタンパク質ほど多様な機能を発揮することはできない.

つまり多様性については (一様) DNA < RNA < protein (多様)で,
安定性については (不安定) protein < RNA < DNA (安定) だ.

いままで,DNAとRNAとタンパク質の多様性の違いと安定性の違いについては知ってたんだけど,多様性と安定性はあちらを立てればこちらが立たずって関係になるはずだよなあ. だから化学進化 (参考:化学進化説) という観点からは,この二つは相互に関連させて考えるべきことのはず. なぜ私は今までこんな当たり前のことに気づかなかったのだろう?
思いついてみればあまりに当然のことで,たぶん誰もが知っていることなのだろう. 恥ずかしくてブログに書くのもはばかられるけど,まあ自分用メモということで.

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by LIBlog | 2010-05-24 18:49 | さいえんす関連 | Comments(0)

「まおゆう」,おもしろかったー

話題のネット小説「まおゆう」,読み終わった. いやー,本当にすばらしい時間を過ごせた. 大長編なので,ご用とお急ぎの方には厳しいかなーとも思うけれど,ちょっとずつでもお読みいただくことをおすすめしたい. 少なくとも私はこれほど楽しめた小説はひさしぶりだった. というか小説を読んでマジ泣きしたのっていつ以来だろう?

「まおゆう」は掲示板上で連載されていたネット小説で,まとめサイトにて全文無料で読める. 以下のサイトと,その他にもあるのかな?


【SS宝庫】みんなの暇つぶし(ノ^^)八(^^ )ノ:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【パート1】

魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」目次

魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」 - ゴールデンタイムズ


最初のサイトは私が読んだところで,細かく区切られていて読みやすかった. しかし「まおゆう」以外の作品もまとめられており,リンクを辿るのに少し手間取るかもしれない.
ふたつめは「まおゆう」専用のまとめサイトの目次. 私は黒背景がなじめなかったので利用しなかったけれど,一番わかりやすくまとまっているかな?
最後のものはスレッド内での読者の反応も含めてまとめられているので臨場感がある. 今から,という方はこちらがおすすめかな.

あと書籍化されるようなので,発行を待つという手もある (→Togetter - まとめ「桝田省治氏による『魔王勇者』書籍化プロジェクト進行中」). この小説はちょっと独特の読みづらさがあるけれど,たぶん書籍版では読みやすくなっているはず.

さて,「まおゆう」は,いわゆる中世ファンタジー世界,特にドラゴンクエスト (その中でも特にロトシリーズ) の分岐モノ,といった感じの物語.
小説タイトルは物語冒頭のシーンで,ドラゴンクエストの最終決戦直前を髣髴とさせるやりとりだ. この物語は,そこから分岐していくことになる.

どこへ分岐していくのか? 「ドラクエ世界の外側」へ,というのが答えだろうか. 作品中では「あの丘の向こう」といった表現がされている. 分岐した先では,ちょっと間違えれば世界が破滅するかもしれない状況になるわけだが,それをうまく避けて,彼ら彼女らは「あの丘の向こう」にたどり着けるのだろうか? というのが「まおゆう」で描かれる物語. これがまた,ちょっととてつもなく壮大で面白くて泣けて,すごい話だった.

というわけで,まあ紹介については「まおゆう」で検索したりすれば山ほどブログ記事が書かれていることだし,以上で終わりにしたい.
以下は私の感想. 「私が面白いと思ったところ」を書く. ほとんど他のブログ記事と被ってるような気がするけれど,気にしないことにしよう.

大きなネタバレは避けるつもりだけど,内容については少しばらしているので,格納.

More

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by LIBlog | 2010-05-24 00:11 | ねっとさーふぃん | Comments(0)

「まおゆう」を読むぞ

出張のため,今週いっぱいブログ更新しません.

…….

旅のお供:

【SS宝庫】みんなの暇つぶし(ノ^^)八(^^ )ノ:魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」【パート1】

ネット小説,通称「まおゆう」. 上のサイト以外にも まとめサイトがいくつかあるんだけど,私にとっては ここが一番読みやすい.

この小説,私は敷居さん経由で知ったのだが (→ 君の知らない魔王と勇者の物語 - 敷居の先住民),今ものすごい勢いでネット上に噂がひろまっていて,あれよあれよという間に書籍化も決まったようだ (→ 『魔王勇者』書籍化計画……だとっ!? - 敷居の先住民).

私はまだ途中までしか読んでいないが,この急激な流れも納得だわ. めっっちゃくちゃ面白いもん. いやー,今回の旅は退屈しないですみそうだ.

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by LIBlog | 2010-05-18 21:39 | 雑記 | Comments(0)

のだめ・ザワさん・もういーよ

積みマンガ崩し.

のだめカンタービレ 24巻 (二ノ宮 知子)

前巻で物語が完結していたので,後日談的な読みきりの巻になるだろうなー,と思っていた. なのでオペラ編突入!は嬉しいサプライズ. 映画が公開されてるからかな? でもオペラ編は たぶんワンプロジェクトを描いて終了,なんだろうな. ま,続いてくれたのは嬉しいが.
今巻は のだめがあまり活躍しないけど千秋たちは大活躍だった. 二ノ宮さんらしく,オーケストラの連中はことごとくハチャメチャな奴らばっかりなんだけど,形のない,正解のないプロジェクトを形にしていく姿は見事で,とても爽快感がある. さすがに才能のある連中は違うなー. そして,ひとり活躍の場がなかった のだめに関しては次巻に期待.

高校球児ザワさん 4巻 (三島 衛里子)

名門高校野球部唯一の女子部員であるザワさんと,そのまわりを描く作品. 1巻発売当時は「フェチマンガ」と紹介されることが多かったけど,最近はそういう声をあまり聴かなくなって,やっぱそうだよね,と思う. この作品は実のところフェティッシュを描く作品ではなくて,ザワさんの一挙一動を気にしてしまう男の子っつーものを描く作品だと思ってる. だからフェチというなら「体育会系高校生男子」フェチ. 今巻ではザワさんのお兄さんが出てくるけど,彼の描かれ方も「センパイ」とか「モテる奴」を眺める高校生男子の視点から,だと思う. ……ま,これが正しい読み方だ! と主張するつもりはないけど,私はそーいう読み方をしていて,そこがこの作品の好きなところなんだよね.

もういーよ (K)

こちらは新刊. デビュー作のようだ. 異様に耳が良くて,そのおかげで世界がうるさすぎるために常にイヤホンで耳をふさいでいる少年と,幼なじみの少女の物語.
うん,まあ,好みの絵柄で女の子も男の子もかわいいし,いい話だし,よかったんじゃないでしょうか. Landreaall とか flat とかみたいな低血圧タイプの主人公ですね. めったに表情を変えないこの少年が たまーに見せる笑顔はなかなか良いものでしたよ.

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by LIBlog | 2010-05-17 22:49 | マンガ・本 | Comments(0)

その細胞は本当に均一か?

Cell 141, 559-563 (2010)

エッセイ. 細胞集団の「不均一さ」が問題になる場合とそうでない場合,そして「不均一さ」をどう解釈し解析していくか,について.

クローナルな細胞集団 ――ひとつの細胞に由来し同じ条件で増えた細胞集団―― でも,一見まったく同じに見えて,じつは heterogeneous,すなわち不均一である場合がある. ふつう培養細胞を使った実験では,ある細胞集団の平均をとってデータとすることが多い (population-averaged assay) が,こうしたデータの取り方だと,たんなるバラつきではない意味をもった不均一さを見逃す可能性が高い.

たとえば,ある細胞集団が,違う性質をもつ小集団 (subpopulation.「下位集団」とするべきか?) のあつまりである可能性がある. このことはデータを平均化してしまうと隠されてしまいやすい. 具体的にはガン細胞が非常に不均一性が高いことで有名だ. ガン細胞の中には,クローン化されたあとでも,たとえば薬剤に対する反応性を異にする小集団に分かれるものもある. ガン以外でも,たとえば幹細胞の集団の中に休眠中のもの (dormant stem cells) がぽつぽつと存在し,じつはまわりの幹細胞ではなく休眠中の細胞のほうが損傷後の組織の回復に重要であるという例もある.

そのほかにも,抽象的な言い方になってしまうけど,細胞の状態が二段階あったとして (high, lowなど),平均をとると,その中間にあるひとつの値になってしまう (middle) が,これでは細胞が実際に中間の状態である場合と区別がつかない,といった場合がある. またこのような場合,段階的にすすむプロセスを検出できないおそれもある.

では,意味のある不均一さと,そうではないバラつきを区別するにはどうしたらいいのか? 一般的な回答としては,一細胞レベルでの統計的解析を行え,不均一性そのもののパターンを見出せ,ということらしい. 一細胞レベルまでデータの解像度を上げることと,同時に多数の細胞を相手にデータを取ること,の両方が大事とのこと. うーん,統計学は苦手なんだが…….

自然を相手にしたときに得られるデータは必ずバラつく. むずかしいのは,そのバラつきの中にパターンがあるかないかということ,そしてバラつきに注目する意義はなんなのか,ということ. 後者は意外と大事で,もともと生き物は細胞ごとのバラつきを平均化した「結果」を受け取っているはずなんだよね. ただ,ある生命現象のメカニズムを探るときに,平均化により見落とされる現象が出てくる可能性があるってことだ. そのことを織り込んでおかないと,なにに注目して研究を進めるか見失う可能性があるだろう.

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by LIBlog | 2010-05-14 20:18 | さいえんす関連 | Comments(0)

万有引力の「発見史」

昨日,「人物で語る物理入門」(米沢 富美子 著,岩波新書) の面白さの例として,ニュートンの万有引力の法則について書かれた部分を例に出してみたのだけれど,あれだけでは後に読み直したとき何が面白いのか思い出せなくなるかもしれないと思ったので,その部分をもう少し詳しく書いてみたい.

同書は,冒頭から3章までにおいて,「万有引力の法則」発見の意義がよくわかるように,時代背景と科学の「積み重ね」がていねいに解説されている.

ニュートンの万有引力の法則は,かずかずのニュートンの「発見」の中でもひときわ輝きを はなつものだ. 万有引力の法則とは「あらゆる物質には引力がはたらき,その大きさは距離の二乗に反比例する」というものである. この法則がニュートンにより「発見」されたことは どういう意味で画期的だったのだろうか.

話は古代ギリシアにさかのぼる. 古代ギリシア哲学では,「あらゆるものに共通する基本原理がある」とされた. しかし古代ギリシア最大の哲学者アリストテレスは,力学的原理については「地上の物体と天上の物体は異なる原理に支配されている」と主張している. アリストテレスにおいては,木から落ちるりんごと夜空の星ぼしの運動は結びついてはいなかったのだ.

時代はくだって中世ヨーロッパ. コペルニクスからガリレイを経て,地動説が一般に浸透するようになってきた. またガリレイは,思弁だけでも観察だけでもなく,実験と理論からなる「実証科学」を確立し実践したことでも知られている. そこには自然科学の方法論の萌芽がみられる.

ガリレイらとほぼ時を同じくして,ブラーエケプラーは詳細かつ長期間にわたる天体観測を行っている. これはのちに惑星の運行に関する「ケプラーの法則」として実をむすぶことになる. ケプラーの法則は,惑星の軌道,速度,公転の周期などを示すものだ. じつは万有引力の法則はケプラーの法則から導出されたものなのである.

さらに同時期,デカルト「同一の運動法則が全宇宙を貫いて支配する」という自然観をうちだしていた.

彼らはニュートンと同世代,もしくは一世代ほど上で,ほぼ同時代を生きている. 彼らの思索,観察が背景にあって,ニュートンの「発見」があった. りんごと惑星を結びつけた知的跳躍はたしかに天才にしか なしえない画期的なものだったが,その「発見」の観念的土台はギリシア哲学からデカルトにいたる系譜において準備されていたのである. また観察・実験的事実を数学的に理論づける自然科学の土台も,ガリレイにいたる系譜でととのえられていたのだ.

ニュートンの「万有引力の法則」は,それまでの歴史のいわば集大成のひとつといえる. その一つの頂点にたどり着くまでに,どのような積み重ねがあったのか,どのように未踏の地が切り開かれていったのか,それを理解することが「発見史」を眺める愉楽のひとつだ.

同書では,ニュートンと力学にとどまらず,マクスウェルと電磁方程式,ボルツマンと統計力学,アインシュタインと相対性理論などなど,物理学の主要な分野を「発見史」とともに解説し,めまいがするくらいのおもしろさを味わわせてくれる. そういう意味では物理学の入門書としては ちょっとないくらい楽しく読める本になっていると思う.

…….

いやー,意図したものとはいえ,いつにもましてカタい文章だなー. でも,こういう文章の方が書いていて楽しいんだけど.

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by LIBlog | 2010-05-11 22:05 | さいえんす関連 | Comments(0)

科学の面白さは「発見史」に凝縮されている

最近読んだ ふたつの本がとてもおもしろく,科学そのものの面白さを伝えるヒントを教えられた気がした.

細胞発見物語 (山科 正平 著,ブルーバックス)

人物で語る物理入門 上下 (米沢 富美子 著,岩波新書)

 

科学の目的は,ある現象の裏にひそむ仕組み・機構を「発見」することだ. 「発見」の興奮こそが科学の面白さそのものといっても過言でなく,仕組み・機構だけ伝えられても あまり面白く感じないのではないだろうか.

成功した科学者の伝記を読むと,「発見」がいかにエキサイティングな体験なのかがよくわかる. 生物系ならワトソンの「二重らせん」あたりが自叙伝として有名なところだろうか. 個人的には利根川進立花隆がインタビューした「精神と物質」に思い入れが深い. この本に出会わなければ私は生物学の道には進まなかった.



しかし,一代記よりももっと「発見」の面白さが引き立つ伝え方があるのではないか. それが「発見史」だ.

「発見史」という言葉は,ここでは「ある発見を,科学全体に対して位置づける」というような意味で使っている.

科学史は発見史である. 発見史を知ることは科学を知ることであり,それは異様に面白いことだ.
ある一つの「発見」が,科学の体系全体の中にどのように位置づけられるのか知ること,言い換えれば その「発見」の科学全体における意味が分かること,これは「発見」や「理解」をレベル分けするとしたら最上級のものではないだろうか. サイモン・シンの著作がどれをとってもめちゃくちゃに面白いのは,まさに「発見史」が主題になっているからだろう.

冒頭のふたつの本も,「発見史」の物語だ. 発見の「意義」を伝えることが第一の主題であって,そこに焦点をしぼり,そこがクライマックスであるような流れで全体が構成されているので,シンの著作と同様に めちゃくちゃ面白く読める.

「細胞発見物語」は顕微鏡の発明・洗練の歴史と,細胞そのものや細胞内小器官などなど,それに伴って発見されてきた数々の生命現象の「発見史」が語られる. また「人物で語る物理入門」は,古典力学のニュートン,電磁気学のマクスウェルなどなど,その分野を確立するのに中心的な役割を果たした人物の おもな業績と「発見史」が解説される.

一つだけ例をあげてみたい. 「人物で語る……」の,冒頭からニュートンまで.
ニュートンの「万有引力の法則」,「万有引力は距離の二乗に反比例する」という発見の意味,意義,位置づけは何なのか. それは,それまでに達成されていたコペルニクス,ガリレイ,ケプラーらの成果をすべて統一したことだ. ……ということを伝えるための流れが本書冒頭からの数章に つらぬかれている. それを伝えること,発見の「意味」を伝えることこそが大事なのだ,という確信が著者にある. それがたまらない面白さを生んでいる.

「発見史」はもっと学校でも教えるべきだよなー. あらゆる科学的知識の裏には「発見」の興奮があるわけだし,その「発見」によってどういう視点が与えられたのか,ある現象にどういう解釈が与えられるようになったのか,ってことを教えるのは重要だと思う.
というか,むしろ「発見史」は事実そのものより強調して教えられてもいいんじゃないかな. だってそれって面白いし,面白ければ ほっといたって興味がわいて勉強するだろうからねえ.

……ここまでの文章を読み返していたら,「発見」がゲシュタルト崩壊した件.

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by LIBlog | 2010-05-10 22:56 | さいえんす関連 | Comments(0)