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魔法先生ネギま! 33巻の「完全なる世界」をめぐる一考察 その2

前回の「魔法先生ネギま!」33巻についての文章の続き. 以下はネタバレが含まれます



意外なことに,ひとつ前の記事で考えたような視点からは,コズモ・エンテレケイアを拒否するような理由は出てこなかった. むしろネギ君の行動の方が悪だと言わんばかりの議論になってしまった. しかし逆に,コズモ・エンテレケイアを最初から一顧だにせず拒否する視点だってあるはずなのだ. たとえばこんな視点である.

コズモ・エンテレケイアなどまったく受け入れられない.あんなものは100%悪でしかない. なぜなら,「世界の移行(または肉体の転送)」などと奴らは言っているけれど,じつはコズモ・エンテレケイアでは移行など起こらないからである.

移行した先の可能世界 (新たな現実世界) には,もともとあった現実世界の要素は残らない. こちらの世界で生きた記憶は消え,経験も失われる. 移行したはずの肉体すら,「あちらの世界」の肉体に置きかわってしまっているのだ. だからこそ,頬の傷が消えていたのである. つまり新たな世界では,「もともとそうであった」可能世界が,「そうであり続ける形で」現実世界となるわけだ. それは何も起こっていないのと同じことではないか.

だから,コズモ・エンテレケイアが発動して確実に起こることというのは,もともと存在した現実世界で,肉体が消滅する (つまり死ぬ) ということだけなのである. あちらの世界では何も起こらないのだから,そうとしか言えないだろう. つまりコズモ・エンテレケイアが発動すれば,ただ単に「12億人すべてが死ぬ」ということだけが起こるのだ.

いや,記憶や肉体は残らなくても移行したのは事実であり,移行先は理想の世界なのだから,その行為は肯定できる,という反論もありうるだろう. しかしここで,以前の「世界の移行の是非を判断する視点はない」という議論が,今度は肯定派に向けられることになる.

「世界の移行を判断する視点は持てない」のだから,移行すること自体は良いとも悪いとも言えない. もしその是非を判断できるのであれば,それは「今いる世界」の中からの視点からなされる他はない. そして今いる世界で起こることは死ぬことだけだ. それは間違いなく悪である. したがってコズモ・エンテレケイアなど受け入れるわけにはいかない. 迷う必要など,はじめから全くないのだ.

ところがそのように考えてしまうと,ネギ君の「前へ。」向かう決断の素晴らしさが捉えられなくなってしまう. 最初から受け入れる余地などないならば,ネギ君が迷いを振り切る場面に尊さ,価値,素晴らしさを読者が感じるはずがないではないか. やはり「コズモ・エンテレケイアは100%悪でしかない」という視点も,一面的なものにすぎないのだ.

コズモ・エンテレケイアをめぐる葛藤とは,世界の移行をめぐる葛藤だ. それはその世界で何が起こるか,何をするか,つまり世界の内容とは別の次元の話である. コズモ・エンテレケイアは正しく,かつ間違っている. 両者は両立不可能だが,どちらも真実なのだ.

ネギ君は,チャオさんとの学祭クライマックスでの対立を経ているから,あの場面で迷いなく「今のこの現実」を選んでいるように見える (参考:魔法先生ネギま! 学祭編と超鈴音について徒然なるままに). しかしチャオさんとの対立でネギ君が下した決断は,あくまで「今のこの現実」の中での視点からなされたのだった. コズモ・エンテレケイアを巡る対立とチャオさんとの対立とは,じつは次元のちがう対立だったのである.

…….

ところで,長々とコズモ・エンテレケイアの是非をめぐって考えてきたけれど,その点ではネギ君とフェイトは対立してはいない. あくまでこれは私の中での疑問にすぎない.

フェイトたちはおそらくこのように考えている. コズモ・エンテレケイアは良くないことだがこの世界は滅び,そのあとドロ沼の戦争が続くことになる. それよりは大量安楽死の方がマシじゃないか. これは必要悪なのだ,と.

これに対してネギ君は魔法世界の崩壊を阻止するプランを持っている,と説く. それは確かに素晴らしい解答だ. そして,それを実行するために幸福に満ちた「あっち」の世界を拒否するのは,まちがいなく価値があり感動的な選択である. おお! やっぱりマンガ版ナウシカに匹敵する決断じゃないか!

彼らの争点は,じつは今まで長々と書いてきた部分には なかった. であれば,なぜ私は彼らが問題にもしていないことをこんなにダラダラと考えているのか. ホンネを言うと,私はコズモ・エンテレケイアを食らってみたいのだ. たとえあれが夢や幻想だとしても,ただ死ぬだけだとしても,理想の世界に行ってみたいのである. ……しかし同時に,それを拒否するネギ君を素晴らしくも思っている. この矛盾した気分は何なんだろう? という疑問を持ったからなのだった. 結局その解答は得られなかったような気がするが,どこに引っ掛かったのかということだけはなんとなく分かった,かもしれない. ただそのことだけが,この長文を書いて分かったことであり,唯一の収穫なのだった.

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by LIBlog | 2011-02-27 18:13 | マンガ・本

魔法先生ネギま! 33巻の「完全なる世界」をめぐる一考察

「魔法先生ネギま!!」33巻が発売された. 以下はネタバレ込みの感想


この素晴らしい作品も,いよいよクライマックスが迫ってきたかと思うと感慨深い. フェイトたち「完全なる世界」が発動をもくろむ「完全なる世界」 (まぎらわしいが魔法名と組織名が同じなんだね) を,ネギたち「白き翼」が阻止できるかどうかが争いの焦点になっているようだ.

33巻では,「完全なる世界」コズモ・エンテレケイアの何たるかが明らかにされた. 理想と幸福の世界に引きずり込まれてなお,その誘惑を振り切るネギ君はほんとうに素晴らしい. 「前へ。」の一言とともに上を向き,覚悟の証である頬の傷が浮かび上がる場面に,思わず惚れそうになる.

しかし,よく分からない戸惑いも残る. なぜネギ君の決断が素晴らしいと言えるのだろう? コズモ・エンテレケイアは「各人にとって最良の可能世界へ各人を移行させる」魔法である. それを発動することをなぜ拒否しなければいけないのだろうか?

各人ごとに最良の世界へ移るということだから,(人類補完計画的な) ひとつの主義主張の押し付けだという批判は当てはまらないだろう. ならば,なぜ誰にとっても最良の結果をもたらす行動を拒否するのだろうか. むしろ,たとえいま魔法世界が危機的状況になくても,今すぐにでも実行すべきことなのではなかろうか.

あくまでも主義主張を拒否する立場からは,「各人にとって最良の世界へ各人を移行させること」そのものが一つのイデオロギーだ,という批判は可能だ. しかもその主張はかなり説得力を持っている. そうすることを望む人だっているだろう,という再反論も,あまり力を持っているようには思えない.

しかしここで,さらにこのような反論も可能に思える. 「世界の移行」の可否を判断する視点などどこにもないではないか,だから肯定も否定も不可能のはずだ. なのになぜそれをことさらに拒否する?

コズモ・エンテレケイアで起こることとは世界の移行なのである. いま存在するこの現実世界から,ありえた可能世界へと世界そのものが移行するのだ.

世界の移行と言うときの「世界」は,過去から未来,全宇宙を包括するすべての時間空間におけるものごと全部を指す. それが移行すること (とはそもそも何が起こることなのか不明だが,それはここでは措く) の是非を判断する視点は世界のどこにもない. その視点は世界の外にあるはずだが,世界の外などないからだ. 当然だろう. あらゆるものごとの外なんて,いったいどこにあるんだ?

ネギ君はポヨさんのアーティファクトを食らったとき,ザジさんの助けを借りて,「世界」を比較することができる視点を得たようにも見える. 世界の移行の是非を判断することは可能じゃないか. あそこで「前へ。」進む判断をしたのがそれに当たるんじゃないか.

いや,そうではない. あれはあくまで「いま存在するこの現実世界」からの視点なのである. だから「幻想」として,あの世界を拒否することができたのだ. あそこであの世界をこの世界と完全に同一の視点で比較したとしたら,どちらかを選ぶことなどできないだろう. つまりあそこで是非の判断ができたのは,あれが不完全なコズモ・エンテレケイアだったためにすぎない. ひとたび完全に発動してしまえば,そのことは良かったとも悪かったとも言えない.

ネギ君は「魔法世界が崩壊することは阻止できる」ことを理由にコズモ・エンテレケイアの発動を止めようとするけれど,それは理由になっていないのではないか? むしろどんな状況でも発動することは (発動しないことと同じくらい) 問題ないはずだろう. すると最初に戻って,「最良の世界」への移行なのだから,それはつねに発動すべきものなのではないか? ……そう考えると,ネギ君のかっこよさの理由がよく分からなくなってしまうのだ.

マンガ版「風の谷のナウシカ」で,ナウシカは外の世界の人々を守るために,自らにとってユートピアだったはずのヒドラの庭を出る決意をする. それは間違いなく感動的ですばらしい決断だ. 自分一人だけが苦しみから逃れることよりも,多くの人を救うことを決める選択だったからだ.


ネギ君の決断も,ナウシカの決断に重なって見える. しかしそれは本当か? 本当にそれは,ナウシカと同じように素晴らしい決断なのだろうか?

結局のところ,われわれはコズモ・エンテレケイアのように神に匹敵するような行為を人がするということ,ただそのことだけがイヤで,その発動を拒否しているにすぎないのではないか. 一見感動的に見えるネギ君の行為は,じつは誰にとっても良いことではなく,逆に誰にとっても悪いことなのではなかろうか.

…….

いや,そう言い切るのは一面的だ. このような見方を受け入れることを拒否する見方もあるはずである. それはどういう見方か. ……を,こちらの記事でさらに考えてみた (→魔法先生ネギま! 33巻の「完全なる世界」をめぐる一考察 その2).

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by LIBlog | 2011-02-26 11:55 | マンガ・本

「語り」だけのTED talks

以前からTED talks (参照:TED (カンファレンス) - Wikipedia) をよく見ている. 日本語・英語 (あるいは各国語) 字幕が出るので,英語の聞き取り練習のために見始めたのがきっかけだった. しかしそれ自体がとても面白いので,あまり勉強しているという感覚ではなく,ただただ見たいがために見ている.
TED | Translations | Talks in Japanese

YouTube - TEDtalksDirector さんのチャンネル


オーディオファイルやビデオファイルが公式サイトからダウンロードできるので,最近ではオーディオファイルを落としてiPodに入れ,単純作業をしているときなどに聞きまくっている.

…….

ところで音声だけを聞くとなると,自然と映像を使ったプレゼンテーションなどは,それが見られないので少しばかりフラストレーションがたまる. ムービーならばなおさらだ.

そんなとき,映像を使わず喋りだけで勝負しているプレゼンは非常にありがたい. 身振り手振りなどを使ってはいるが,基本的に聴覚だけで内容を把握できるからだ. 演者は「聞かせること」だけに注力しているから,音声だけが頼りのときは ひときわ輝いている.

以下,そんな「語りだけのトーク」をいくつかピックアップしたい. ほぼいずれも20分弱の講演で,リンクをクリックすると日本語字幕版に直接飛ぶけれど,英語や字幕OFFなどは選べる.

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ジェイソン・フリード:なぜ職場で仕事ができないのか

演者は37signalsという会社の創始者のひとり,だそうだ. 早口だが発音は明瞭. 仕事のはかどる職場環境のつくり方について語っている.

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ジョセフ・ナイ「グローバル パワーシフト」 | Video on TED.com

元米国防次官補でハーバード大政治学部長も務めた人物による,グローバルパワーシフトについての講演. ゆっくりした口調で分かりやすい.

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マーク・パクター: インタビューの技能 | Video on TED.com

スミソニアン博物館で,多数の著名なアメリカ人にインタビューした演者が,インタビューのコツと,いくつかのエピソードを語る. その経験からか,語り口が印象的.

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ミッシェル・オバマの「教育への願い」 | Video on TED.com

現ファーストレディーのスピーチ. やや短め(10分強). 「ロンドンの女子校での講演」だそうだ. さすがの上手さ.

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エリザベス・ギルバート 創造性をはぐくむには | Video on TED.com

作家の方. ところどころ早口だが,さすがに表現が多彩だ. これは何年か前にはてブかなんかで話題になったトークだね.

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未来について、ビル・ジョイが思いを巡らせる | Video on TED.com

コンピュータ科学者でライターをしている人. 人前で喋り慣れている感じがしなく,話が微妙にとっ散らかっているけれど,こういうの嫌いじゃないな.

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ドリス・カーンズ・グッドウィン: 歴代大統領から学ぶこと | Video on TED.com

歴史学者で,おそらく大統領秘書官出身の演者によるトーク. 表現が洗練されてて,慣れないけど勉強になる.

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オリバー・サックス: 幻覚が解き明かす人間のマインド | Video on TED.com

著名な心理学,脳科学者のトーク. イギリス英語っぽい. 幻覚から脳の機能を探る.ラマチャンドランに似てるアプローチだな. ちなみにラマチャンドランもいくつかTEDでトークしていて,クセのある英語だが内容は面白い.

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ケン・ロビンソン「学校教育は創造性を殺してしまっている」 | Video on TED.com

イギリス英語だが話がうまくて面白い. 創造性,多様性を殺さない教育のあり方について.

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おまけ.

マズ・ジョブラニ「イラン系アメリカ人の噂聞いてる?」 | Video on TED.com

映像は一切使っていないが身振り手振りが大事なので音声だけだと辛いけれど……. イラン系アメリカ人コメディアンが日々の苦労を語っている. さすがの上手さで面白いし,「笑い」というものの日米間の違いがちょっと分かるのも楽しい. 短め(10分弱).


関連記事:

TEDで宇宙に思いを馳せる

英語初級者向け TED talks

英語初級者向け TED talks その2

TEDで海中散歩


しかしエキサイトブログ,TEDの動画の埋め込みができないのかー. 残念だなー.

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by LIBlog | 2011-02-16 21:25 | 動画サイト関連

「まおゆう」書籍版のススメ

昨年ネットをにぎわせた長編小説,『魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」』が書籍化され,現在2巻まで出版されています.

  

書籍版はウェブ版と比べ,かなりの加筆修正がされているものの,独特の体裁を含めて,大きな変更はありません. そしてウェブ版は今でも公開されており,誰でもタダで全編読むことができます.

ならば全5巻,合計すると6千円以上のお金を払ってまで,わざわざ書籍版を買って読む必要があるのか? と思うのも もっともなことでしょう. 私も書籍版を購入するかどうか,少しためらいました.

しかしそれでもなお,この書籍版は買いだと思いますね. 買ってよかった,と心から思います. いやホント.

それはなぜなのか? 何度も味わいつつ読むには,格段に物語が分かりやすくなっている書籍版のほうが適しているからであり,かつ本作が何度も味わつつ読みたい作品だからです.

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ウェブで最初にこの作品を読んだとき,読み切るのにえらく時間がかかったのを覚えてます. 1カ月くらいかかったんじゃないかな. かなり読み飛ばしつつ読んだのにもかかわらず.

なぜ読み飛ばしつつ読んだのかというと,この作品が長いからとか,先が気になったからとか,それだけが理由だったのではありません. 正直なところ,登場人物たちがどこで何をどういう目的でどうしているのか,把握しきれていなかったからなんですよね

というのも,この作品,ものすごく色んなジャンルを包括しているじゃないですか. 中世ファンタジーであり,経済小説であり,歴史小説としても読めて,さらには軍記ものでもあり,ラブコメでもあり……. 最近では大規模な「会議」というものの凄さがわかる会議小説 (そんなジャンルがあるのか知りませんが) でもありますよね.

そうしたあらゆるジャンルの作品に精通しているようなクロウト筋はともかく,私はドラクエなどの中世ファンタジーがちょっと分かるかな,くらいの人間なわけですよ. だからあの世界の中で,たとえば某商人がいったい何をやっているのか,最初に読んだ時は理解できていなかったんですよね. 他にも例えば戦いのときの陣形がどうしたこうしたとか,通商路と各国の位置関係があれやこれやとか,そういう部分に対して理解が追いついていなかったわけです.

他にも,魔法や呪文の名前がいろいろ出てきたり,各国・各部族がどういう特徴を持っているのかとか……. あるいはそもそも夢魔鶫とか忽鄰塔とか漢字が読めなかったりしたわけでして. 自然とスクロールが加速していくというものです.

まあ,たとえそういう読み方をしていても,各キャラクターの存在感――行動や覚悟は十分すぎるほど伝わってきて,すばらしい物語だ,と感じ入ったわけですが.

しかしこの作品,そうした細部の展開をすっとばして全体の物語のすばらしさだけを味わっているだけでは,あまりに勿体ない. 商人たちの経済をめぐる戦いを細かく追いかけていくことにも,宮廷を取り巻く貴族たちの権謀術数を見ていくことにも,戦いの陣形を確かめつつ読んでいくことにも,それぞれに面白さが見出せるわけです. そして,それら全てが絡み合ったところに,物語の行きつく先が浮かび上がってくる. 「なぜそうなったか」が分かってくる. ……のでしょう. たぶんねw

ウェブ版の,ある意味で「不親切」な,分かっている人には心地よいであろうシンプルな表現は,それはそれで完成された形なのだろうと思います.あれが最高だという方もいるのでしょう.

それに比べて,書籍版は地図つきキャラ絵つき注釈たっぷり. そしていきなり「この物語は要するにこういうこと」などと冒頭からネタバレしているような構成. ある意味では無粋きわまりない. しかしこれは,あの作品のあまりに多岐にわたる展開に置いてけぼりを食らってしまうようなシロウト筋の読者にとっては,非常にありがたいものに違いありません. 2度,3度と読み直して,そうした細部に理解が追い付いてくると,今までよりもさらにキャラクターの凄さが分かってきたりするわけでして.

ああ,魔王たちの教えがこういう風に伝わって,こういう風に消化されて,こういう形で結実しようとしているのか. たった一度の会話で受け取るもの,じっくりたっぷり教えられて変わっていくもの,その伝わり方はまちまちですが,それは確かに受け継がれ,形を変えて,そしてさらに人から人へと伝わり,世界を変えていく. 本当に何度読んでも,同じところで涙腺が緩みます.

…….

そういうわけで,ウェブ版でこの物語のすべてが分かった,と思える方はともかく,そうでない方,またこれから読みはじめようという方には,書籍版は絶対におすすめできます. さいわい最近はかなり多くの書店が取り扱い始めたような印象がありますので,以前よりは入手しやすいでしょう.

あ,ちなみに初版よりは第二版がいいかもしれません.誤植がだいぶ目立ちましたからねw

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こちらはウェブ版を読んだ時の感想記事です:

「まおゆう」,おもしろかったー

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by LIBlog | 2011-02-10 20:23 | マンガ・本