Cell 141, 432-445 (2010)
ES細胞での c-Myc の役割は,プロモーター近傍での転写装置の “一時停止” を解除することである,という話. フリーアクセスなので全文に直リンク. RNAポリメラーゼII を含む転写装置 (transcription apparatus) は,転写が始まるまさにそのときにプロモーター上にリクルートされてくるわけではなくて,それより前にプロモーター領域でスタンバっているらしい. これを promoter-proximal pausing (プロモーター近傍停止,とでも訳すのか.以下 PPP と略す) という. 転写活性化因子のなかには PPP をキャンセルして転写装置を elongation に向かわせる働きをもっているものもあるだろう. 本論文は,ES細胞を使ってゲノムワイドに ChIP-seq (参考: ChIP-seq法:バイオキーワード集:実験医学online) を行い,ES 細胞の自己複製と増殖に必須な転写因子 c-Myc (がん遺伝子でもある) の役割が PPP を解除することであるということを報告している. より正確にはこうだ. PPP において重要な働きをしている因子,pausing factor には DRB-sensitivity inducing factor, DSIF と negative elongation factor, NELF の二つがある. また pausing factor をリリースして転写伸長に向かわせる因子,pause-release factor は,positive transcription elongation factor b, P-TEFb だ. さて ES 細胞では,転写がアクティブな遺伝子領域でも,サイレントな遺伝子領域でも, ほとんど PPP が起こっている. 転写がアクティブな領域では P-TEFb がプロモーター領域近傍に存在しており,DSIF と NELF による PPP を解除している. そして c-Myc の役割はというと,転写がアクティブな遺伝子領域上で P-TEFb と直接結合し,DSIF と NELF による一時停止を解除することだ. 同じく ES 細胞の未分化状態維持に必須な転写因子 Oct3/4 や Nanog は PPP ではなくプロモーター近傍への RNAPII のリクルートのレベルで転写調節を行っているようである. 以上のストーリーに持っていくため,メチル化ヒストン抗体とか c-Myc 抗体とか DSIF 抗体とか P-TEFb 抗体とか,それぞれに対する阻害剤処理とか,その他とにかくいろいろな条件でゲノムワイドに ChIP-seq をしている. いや,これはすごいよ. すごい時代になったもんだと思う. マイクロアレイや次世代シークエンサーの台頭もあって,ゲノムワイドに何かを解析することってのはカネさえあれば簡単にできるようになってきた. だが,我々はまだ 「できるようになってきた」 という地点,つまり入口に立っている段階であり,それで生物の何が分かるのか? 何が見えてくるのか? という疑問に対して答えをまだ持っていない. 少なくとも私はそうだ.
by LIBlog
| 2010-05-01 19:35
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