物語の「主語」が変われば,物語の世界も変わる.……かも.

ぷよm@s part19の反応を受けて思ったこと.

いつも ぷよm@sの新作を見たあとはネットで感想を読むのだが,今回はことのほか,同じ物語のべつの受け取り方について印象に残った.

以下,格納します.





part19を受けて,動画のコメントだとか,ニコニコ大百科 ぷよm@sのスレッドなどを見ていると,りっちゃんは不憫,という反応が多いように映る.

こちらの記事でも同じような受け取り方だろうか:

「震天動地」(ぷよm@s Part19感想) - 見る専プロデューサー生活、始めました

私はぜんぜんそういう受け取り方をしていなかったので,これはちょっと意外だった. 私は一見したとき,ラストのシーンでは,むしろ律子さんは新しいぷよぷよの戦略に気付いて,かえって喜んでいるんじゃないのか? などと思っていたからだ.

しかし改めてそういう視点でpart19を見てみると,たしかにそういう受け取り方ができる (できるというか,むしろそっちのほうが作者が意図した描写かもしれない),ということに気づく. なるほどなー.

で,こういう受け取り方の違いって,ひょっとしたら誰を「主語」に物語を体験するか,というところから来るのかもしれないな,などと思った.

私はどうしても千早美希を主語に ぷよm@sを見てしまうことが多い. 千早が,美希が,何を思い,何をした. するとまわりがこんな影響を受けて,こういうことを始めた. そんなふうな受け取り方をしてしまう. 結果として,まわりのキャラクターへの感情移入が相対的に低くなってしまうような気がする.

そうではなく,律子さんの「物語」を,律子さんを主語にしてきちんと受けとめれば,その反応は,律子さんは不憫,というものになるのかもしれない.

…….

私の反応が,あるいはそうではない方の反応が,正しい (または間違った) 受け止め方だ,という話をしたいのではない. そうではなく,同じ世界を「主語」を変えて眺めることで,違った世界が見えてくるのではないか,ということを思ったのだ.

こちらの記事を読んだときも同じような違いを感じた. 同じ物語を,私とは違う「主語」で眺めた結果,私とは違う世界を見ていらっしゃるな―,と.

ぷよm@s part19 - Damehumanoid 曰く

こういうさまざまな「主語」の違い,おそらくその結果としての世界の見え方の違い,というのは面白い. 自分一人では気づくことができない「主語」の違いをもっともっとを知ることができれば,物語の楽しみが二倍三倍にもなって返ってきそうな気がする. それが,物語そのものだけではなく,その感想を読むということの大きな楽しみのひとつだ.
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by LIBlog | 2010-06-16 13:03 | ねっとさーふぃん
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