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肺をつくる

Science 329, 538-541 (2010)

りさーちあーてぃくる. なんと肺を tissue engineering で作ってしまったという論文. 正直言ってここ最近の論文では一番衝撃を受けた. 心臓やすい臓などはできたとしても,肺を作るのはかなり遅れそうだと個人的には思っていたので. これは喫煙者やぜんそく持ちの方には朗報かもしれない. といっても臨床までは少なく見積もってもウン十年はかかりそうだが. コメントあり: Science 329, 520-522 (2010)

ヒトは,ほとんどの臓器において,その一部や全部が失われてしまったら自然に再生することはできない. もし失ってしまったら人工臓器や臓器移植が必要になるわけだが,人工臓器は機能的な制約があり臓器移植は提供者や拒絶反応などさまざまな問題がある. そこで幹細胞を使って臓器そのものをつくってしまおうとする試み,生体工学 (tissue engineering) が注目を集めている.

とはいえ,臓器をつくるというのは非常に困難だ. なぜならどんな種類の臓器でも,たとえば肝臓でも心臓でも目でも,複数の種類の細胞が特定の空間的配置をとって存在し,血管が張り巡らされ,神経も正しく配置され……といった複雑かつ精緻な成り立ちをしているからだ.

ところが,本論文ではラットを使って,驚いたことに短時間ではあるが機能する肺を tissue engineering で作りだすことに成功している. 肺だよ肺! 肺の複雑さを思えばこれは驚きだ.

肺はガス交換のための臓器で,気管から気管支,そして肺胞がそれに続いて空気を取り込んでいる. 肺胞には毛細血管が隣接し,血中のCO2やO2を交換している. 肺胞はひとつの肺に数百万個もあり,すべて広げると表面積は70平方メートルにもなるという. 肺は超絶ミクロに折りたたまれているでっかい臓器なのだ. こんなものをいったいどうやって作ったというのか.

ポイントは細胞の足場 (scaffold) だ. 筆者らはラットから肺を取りだし,洗剤で肺にあるすべての細胞を洗い流して (これにより拒絶反応の問題はかなりクリアされる),細胞外基質 (extracellular matrix, ECM) だけの肺の「抜け殻」をつくった. つぎにこれをバイオリアクターと呼ばれる培養機の中で,血管や肺の細胞とともに培養し,「抜け殻」の足場に細胞が住み着くことを促した. そのようにして一週間ほど培養した新たな肺を,ふたたび片肺を欠くラットに移植したところ2時間弱ほどガス交換の機能を果たしたとのこと.

工夫されているのは,バイオリアクター中でも肺の自然な状態と同じように換気をしつづけたことで,これにより細胞の定着がかなり促進されたという. とはいえ,血管のわずかな穴も肺胞のちいさなすきまも機能上許されないはずなのに,よくぞつくったものだ. しかもヒトの肺でも同じようなアプローチがとれそうなことも示している. さすがに移植まではしていないけれど.

ところで,論文にはどうして2時間弱で機能しなくなるのかについての記載があまりない (血栓ができるらしいことはうかがえるが) のがちょっと不満だな. まああんまり情報を公開したくないのかもしれないけれど.

by LIBlog | 2010-08-05 21:00 | さいえんす関連
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