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「竜の学校は山の上」 持つもの持たざるもの,望むもの望まざるもの

九井諒子先生の「竜の学校は山の上」を読んだ. やべえ,これすごい好きだわ.


きっかけは書店に並んでいた試し読み用の小冊子に載っていた「進学天使」という読みきり小編. 翼が生えた女の子が進路に悩む話(笑). これがすごく気に入って購入して,全編通してすごく良かったけど,いちばん印象に残ったのはやっぱり 「進学天使」 かな. そう考えると,この一話だけ小冊子にした書店さん,なかなかやるなあ.

「進学天使」 はこんな話. 高校進学を間近に控えたその女の子は,近場の高校に進むのではなく,アメリカに留学するべきだと勧められる. 翼で空を飛ぶ力は,そのまま放っておけば失われてしまう. そうなる前にアメリカの養成所で訓練するべきだと. でも彼女自身は,飛ぶこと自体に執着があるわけではなかった. それよりも気になる男の子と一緒の高校に通うことのほうが魅力的だったのだ. その男の子は彼女に,「自分のやりたいことをやるべきだ. 翼が生えているからといって普通の生活が送れないというのはおかしい」 と語り,彼女が留学をやめる決意をする背中を押す.

だが卒業直前,彼女はふとしたきっかけで,その男の子に翼をはばたかせて空を飛ぶ姿を見せることになる. その美しさと,そして電柱や電線だらけの日本の空での飛びにくさを目の当たりにした男の子は,やっぱり留学するべきだと彼女に伝えてしまう. ショックを受ける彼女に,さらに男の子から浴びせられる一言は…….

普通の生活をあきらめてまで磨きつづけなければ失われてしまう,という彼女の力に,さまざまな意味での「才能」の暗喩を読み取ることはたやすいだろう. その力が「翼を羽ばたかせて空を飛ぶ」という現実ではとてもありそうもないものだからこそ,多くの人が自らの状況を,彼女や彼女をとりまく人々に重ね合わせて読むことができるのではないだろうか.

この短編でもそうだけれど,この一冊に含まれる多くの作品において特に印象に残るのが,持つ者と持たざる者との対比に加えて,望む物と望まざる物との対比だ. しかもこのふたつが,多くの場合でまったく正反対になっている.

力を持たない彼にとって,彼女がその才能を捨ててまで望んだものは,本当につまらないものに見えたことだろう. だが力を持つ彼女にとって,その力はただやっかいなだけで,望むものは本当に輝いて見えたことだろう. 二人の間には大きな断絶がふたつある. 皮肉にも,彼が彼女のほんとうの才能と願望を理解したがゆえに,その断絶があからさまになってしまった. この隔たりは,おそらく埋まることはないのだろうと思う.

傷心の彼女は,どういう道を選ぶことになったのだろうか. 最後のコマを見るに,こっちに行ったのかな,と思うところはあるが,結局のところ彼女がどうしたのかは分からないままだ. だがいずれにしても,満足や幸福からはほど遠い選択になったことだろう. そう思うと,読んでいるこちらとしても暗い気分になる.

彼女にとって救いがあるとすれば,どちらの道を選んだとしても,そしてそれが本当に望んでいたこととは違うものだったとしても,その選択を肯定することがいつでもできるということだろう. 彼と彼女の「断絶」と同じように,過去の彼女と未来の彼女の間にも「断絶」ができることはありうる. そして彼と彼女の断絶が彼女を絶望させたのと対象的に,過去と未来での断絶は,未来の彼女にとって救いになる可能性があるのだ.

彼女がいま望むものが彼にとってつまらないものに思えたように,未来の彼女がいまの彼女が望むものを思い起こしたとき,それがつまらないものに見えるということは充分にありうることだ. そんなもののためにこの能力を捨てないでよかった,と思うかもしれない. いま感じている絶望は,あるいは「いい思い出」として未来の彼女の中で処理されるかもしれない. これは大きな,大きな断絶だ.

だがそうやって (未来の) 自分にすら見捨てられた過去の彼女は,しかしそうされたということを決して知ることはない. それはある意味では,いまの彼が彼女に対してとった態度よりもさらにおぞましく無神経で絶望的な視線だろう. だがそれは彼女にとって,まぎれもなく大きな,大きな救いなのである.

……救いであり,希望であることは確かなのだけれど,でも,それでもどうしても,私は,それで忘れられ,切り捨てられ,捨て去られていく 「今の彼女」 が気になって仕方ないのだ. 彼が彼女に浴びせた一言は,だから私にとっては彼女自身が彼女に向けるかもしれない,恐ろしい視線のように見えたのだった.

by LIBlog | 2011-08-26 22:11 | マンガ・本
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